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尺度と競争

さぼ郎
この動画は、ある日突然、スーパーの価格が5倍になるというドッキリです。なにもかにもが5倍になります。日本人は見栄こきが多いから、文句も言わずにお金払うかもしれませんが、中国や韓国なら、そうはいきそうもありませんね。



これは、日本のテレビが芸人をいじめて笑いものにしようとするようなドッキリではありません。サンフランシスコの一般的な家庭の収入は1,415万円で、貧困層の平均が280万円なのだそうです。

ちょうど5倍の開きがあります。それを体感してもらおうという企画なのだそうです。

アメリカは面白い国だと思います。音楽にしても軍隊にしてもスポーツにしても、ともかく優れていると思います。その、優れている原動力は「公平」と「競争」によってもたらされていることになっています。

特に、音楽とスポーツにおいては黒人の活躍なしには考えられません。政治においても黒人の能力は存分に発揮されました。

悲しいかなノーベル賞においては黒人の活躍がほとんどみられません。黒人は勉強が得意でないのか、はたまたノーベル賞に、その手の意図があるのかのどちらかでしょう。

ノーベル賞

芸能の世界を見ていると、厳しい競争があるようではありますが、かといってスポーツのような単純な競争でもないようです。アメリカやイギリスで結構人気のある番組で「ゴッドタレント」という番組があります。



YouTubeで見ていると、たしかに歌はうまいのですが、長く見ていると飽きてしまいます。翻って日本の歌の世界は、海外に比べると歌のうまさよりも人気先行の感じがします。SMAPとか嵐とかのジャニーズタレントの歌は、うまさで商売しているわけではないようですが、破格の人気があります。

つまり、競争原理は歌やダンスや容姿に作用しているわけではないようです。ファンの心をつかむ要素は何なのかを知りようがありませんが、ワタシごときでは知りようのない「何か」において強烈な競争があるのだと思います。

まずは、力のある事務所に雇用してもらうことは不可欠ですね。芸能の世界はすなわち興行の世界ですから。

世の中の競争尺度として「偏差値」というのがあります。一般には学生としての頭脳の明晰度(知識も含む)を測れますが偏差値と所得が比例関係にあるわけでもなさそうです。偏差値はいい大学に入り、いい会社に入ることでは役に立ちそうです。

社会での成功を左右する原理は、どうも偏差値ではなさそうです。コミュニケーションの力とか、マネジメントの能力とか、人脈作りとか異なる要素が不可欠です。

つまり、偏差値はいい大学、いい会社に入るため1段ロケットであって、2段目に点火するのは、訓練も含めて人間性に依存する部分が少なからずあるように思います。

幸福」の尺度を考えてみると、これはいきなり難しい事になります。個々人の価値観は、相対尺度で構成されています。健康にも似て、健康を害すると不幸になりますが、健康を取り戻せばもとに戻るだけのことですが、喜びになります。

平穏に生活していても、隣人が不幸になれば、たったそれだけで相対的には喜びになります。

自分が変容していけば、それなりに相対的に価値観が変容していくので、何を持ってよしとするかは、とても曖昧なことです。

それに比べれば「資産」などは、数値化できることなので、尺度としては簡単なことですが、だからといって積み上げることは容易なことではありません。

つまりは尺度が絶対的であれ、相対的であれ、人間には運や能力や努力などの要素が絡み合うので、望む(欲求)ほどに達成が難しく出来ているようです。

さらに歳をとれば、老老介護や高額医療が待ち受けています。とどのつまりは、可もなく不可もない生き方ができれば、それに越したことはなさそうです。

しかし、青春とは「切符」というか、「宝くじ」のようなもので、決して当たりはしないけれど「当たるかも」と思うことが原動力にはなるけれど、結果、可も不可も無いことを終着点とするなら、生きる意味って「何?」って感じではあります。

そして、歳を取ってから思うことなのですが、何かをしようと思い立っても、常に持ち時間は思うよりも少ないということです。

ただし、「時間」だけは誰にとっても平等な尺度です(体感は違うかもしれないけれど)。

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