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近況など

さぼ郎
最近、記事を真面目に書かなくなってしまいました。意外と負担になっています。まず、ビジョンが明確でもないのに書き続けることに能力的限界と直面しています。

ということで、手持ちのデジカメを見てみたら、10月4日からパソコンに取り込んでいませんでした。

10月18日に、知り合いの知り合い と云うような関係で、新宿高島屋で小原流の華道展に行きまして、その流れで新宿はゴールデン街をハシゴしました。

作品
知り合いの知り合いの作品

11月14日は池袋の東京芸術劇場に行きました。

芸術劇場

それは、芸術の鑑賞ではなく、ネットワークビジネスの話を聞きに行きました。というのは、そのネットワークビジネスにハマっている人がいて、ま、紹介したいとのことでしたので、物見遊山で見物に行きました。

ネットワークビジネスとは、紀藤弁護士によれば、本来は犯罪なのだそうです。有名所であるアムウェーとかミキプルーンとかフォーデイズなどは、法に触れないような細心の注意を払って運営しているようで、それは合法ですから立派な仕事ではありますが、基本と言うか根底には、犯罪性が封圧されているようです。

つまりは、それを知った上でネズミ(子供?)を配下に、それこそ無尽蔵に見つけてこないと安穏とはできない仕組みのようです。

ギザ十

11月2日には久々のギザ十ゲットです。昭和27年もの。64年の間、日本経済の一翼を担っていたわけです。

金閣は、1950年に焼失しましたが、1398年頃の完成だったようで実に552年間、優美な姿を示していたわけで、それからすれば大したことはないかもしれませんが、とはいえ、ギザ十ですから。

技能士

友人の御尊父が亡くなりました。昭和7年とありますから享年は85歳でした。「中衣縫製1級技能士」の認定ですが、全国で2番目でした。

紅葉

12月5日の紅葉。

落ち葉

そして、落ち葉。

門

お寺の門。上に登ると17羅漢が置かれています。が、寺がお金かけてデザインに凝るって、幾様かの考え方ができます。が、やはり邪道な気がします。寺の本来の意味を考えて、そのコンセプトがこのデザインであるなら、その福音はこのデザインのどこにあるのか と思ってしまいます。

上を見る

中から上を見た景色。

魔界



「魔界」という興行に行ってきました。安倍晴明とかお市とか、ようは成仏できていない人たちの魂が争うのでしょうか、歌あり踊りあり、ギターの競演あり、女子プロレス、男のプロレスあり、芝居ありで、話は難しいのですが、実に楽しい興行でした。

お客もびっしり来ていて、いろいろな意味で驚きと感激の多い経験をしてきました。最後にはリングのロープを外し、全てのレスラーが客席で大乱闘になり、お客が逃げ惑うような趣向です。

羽子板市

12月18日は浅草寺で羽子板市です。

提灯

12月22日の朝。提灯にあたる朝日が綺麗で写真にしましたが、そのような雰囲気を写せていません。

森田朋依

12月23日は、下北沢でお芝居を見てきました。イギリス式のバーで幾つかのお芝居がありました。カメラの性能が悪いのでぶれてしまっていますが、森田朋依さんの一人芝居です。

このあとは、「魔界」で安倍晴明を演じた"にいみ啓介”さんが、宇宙人という触れ込みで、それはそれでとても楽しいお芝居でした。芝居が始まる前に、ワタシのすぐ後ろに"にいみ”さんがおられて、ワタシのリュックが落ちたら拾ってもらえるような距離感で、ああいう距離感は、ああいうお芝居ならではの体験です。

年が明けたら1月14日は豊島区管弦楽団のニューイヤーコンサートです。

コンサート

第一ヴァイオリンにお付き合いの会社の営業のかたが頑張っています。

結局、ヒトは生きている間は、生きていることの実感を求めて行動するわけで、その多くの場合は、人と人との関わりになるのだと思います。

自分が首を突っ込まなければ知らない世界に、その世界で充実した経験を積んでいる人々がいるわけです。もし、それぞれにドアが有るならば、どのドアを開けても、そこで充足を求めている人々がいて、達成や挫折があるからこそ、明日を生きていく意味があるような気がします。

政府は馬鹿みたいに「過去最高」という予算を組んでいます。人口は減少し、大幅増税でもしない限り財政再建などできっこないのに、赤字国債に依存する大型予算を組んでいます。

こんなことなら、誰にだってできる政治のような気がします。この無能で馬鹿げている政治は、一体いつになったらほんの少しでいいからまともになるのでしょうか。

せめて、政治家に僅かでいいから自浄作用があればと思うのはワタシだけではないはずです。官僚に依存せざるを得ない政治家たちである限り、現状を打破できないと思うものの、「脱官僚」とか言っていて匙投げた政党もありました。

官僚をこき使えるカリスマ政治家と政党が出現するタイミングは、近未来なのか、はたまた、日本経済が破滅してからなのか。破滅は刻々と忍び寄っているのは間違いのない所ですが、間違いなく言えることは、破滅して割りを食うのは「日本国民」という、政治家でもなく、官僚でもなく、資産を形成もしていない我々であるわけです。

赤紙

国を守るためとして赤紙一枚で何万、何十万という同胞がジャングルを徘徊したのは、彼らではなかったのと同じ構造です。

民主主義というと「選挙」ですが、政党の数しか多様性のない選挙をしても、結局、議員の数ですべてが決まり官僚と族議員の利益が優先される政治である限り、今の形の民主主義には限界があるのは自明です。しかし、この「国の形」を変えられるのも彼らであるのですから、いわば「手詰まり」ですね。

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