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土人考

さぼ郎
機動隊員が抗議活動をしている人に「土人」と発言した問題について、鶴保庸介・沖縄北方相は8日、「『土人である』と言うことが差別であるとは個人的に断定できない」と述べた ということです。
「その(土人という)言葉が出てきた歴史的経緯には、様々な考え方がある。現在、差別用語とされるようなものでも、過去には流布していたものも歴史的にはたくさんある」
とのことで、法務大臣が「土人は差別用語にあたるとの認識」と述べていることに対しての、いわば反論ということです。大袈裟に言うなら閣内不一致も辞さないという気構えは立派ですね。

金澤庄三郎(編) (昭和25年)、 廣辭林、三省堂出版の説を知った上で「その土地に生まれ住む人」という意味での文脈での罵声なら、たしかに「差別」的要素はありません。

で、「土人」とは何を指すのか について調べてみました困ったときのウキペディアで、ウィキって見ると、
律令制度の「本貫地に居住している人(土人)」。「其の地に生まれ住む人。土地の人。」「原住民、現地人」、現代では「原始的生活をする、土着の人種」
ということで、鶴保大臣の言われる通り、少なくとも「原始的生活」をする野蛮人という意味での仕様ではないかもしれません。

律令制度が導入された京以外の土地のことで「土人」とは「本貫地に居住している人」のことであったようです。本貫」というのは、大宝律令で導入され、戸籍に乗せられるようになると、本貫地を勝手に離れることが禁じられるようになったようです。

それでも飢饉や天災が起きると逃散とか浮浪して本貫地を離れ、そのことは無戸籍になるわけです。

平安時代末期になると、貴族の末裔たちはみんな源・平・藤・橘になってしまうので紛らわしいので、所領地の名称を名前に使うようになってきて、それを「本願の地」とするようになったのだそうです。

徳川も上野国新田郡得川郷(群馬県太田市徳川町)(新田義重の四男、得川義季を始祖だそうです。

利根川

これが大宝律令の時代であるなら、徳川町に住む人々は「土人」だったことになります。

始祖となった新田は、新田氏:上野国新田郡新田荘(群馬県太田市新田)(源義国の長男、新田義重を始祖とする)とありますから、徳川の始祖となった得川義季の父親は、太田市あたりを本貫地としていたわけです。

家康

そして、その新田は足利氏:下野国足利郡足利荘(栃木県足利市)(源義国の二男、足利義康を始祖とする)とありますので、足利から別れたことになりそうです。
おまけですが、
新田義重の三男義俊は里見郷(現・群馬県群馬郡榛名町里見)にあって里見氏を称しました。後年安房国(千葉県)に移り、安房里見氏となります。
という記事を見つけました。里見八犬伝で有名な里見は、群馬県に名の由来があったようです。

話は「土人」からどんどんそれてしまっていますが、足利と新田の確執は、同族であったことから始まっていたようです。

新田義貞
新田義貞

また、頼朝と新田にも確執があって、それは、頼朝の兄の義平の奥さんが新田義重の娘で、義平が平治の乱で処刑された後、未亡人であったのを頼朝がなんとかしようとして、政子の怒りを恐れた義重が急遽、他へ嫁入させたことを恨みに思って、鎌倉幕府では新田義貞は冷遇されていたのだそうです。

建武の新政で鎌倉幕府を滅亡させるエネルギーは、このあたりから来ているようです。なお、南北朝が対立したとき、北朝の足利と南朝の新田で争うことになりますが、歴史は足利に軍配を上げたわけです。

アイヌ
wiki「アイヌ」にリンク ↑

で、「土人」です。明治末にアイヌ民族を「旧土人」と公式に呼んだようで、「北海道旧土人保護法」というのもあります。大正に入ると、土人の解釈は「野蛮の民」「土着でまだ開化していない人」。昭和早々には「原始的生活ヲ榮メル土着ノ人種」。

昭和48年の広辞林では「蛮人」。平成2年の「広辞典」には未開の民の俗称」となっています。植民地を持つようになると、現地の民を「土人」と呼ぶようになるようですが、欧米列強の市民は「土人」とは呼ばなかったようです。

というような、諸々の背景から報道機関では「差別用語」として、表現の自主規制対象用語に指定されているとのことですが、冒頭に戻って、鶴保大臣の表明する土人の解釈にも一理はあるようですが、8割は詭弁であり、言葉を発した機動隊員の意識には、野蛮の民未開の民」という意図を持って罵声として「土人」といったことは、ほぼ間違いのないところだと思います。

ワタシが関心をもつのは、「沖縄」の人を「土人」と呼ぶように教育されているわけでもないのに、なぜ、咄嗟に「土人」と呼ぶのかということです。どの段階で、どの環境で、蔑視する感情を持つのかをもっと探求していきたいと思っています。

いじめ

それとは別に松井府知事や鶴保大臣のような政治家が、なぜ、擁護するのかも、その真意を知りたいと思っています。それは「いじめられる側にも非がある」という考えにも似て、それが事実だとしても、いじめは無くさなければならないし、公僕としてふさわしい言動をうながすのが、知事や大臣として取るべき態度であるようにも思えます

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