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リサ・クリスティン:現代奴隷の目撃写真

さぼ郎
日本で奴隷を語るとすると「帥升(すいしょう)」というヒトの名前が初出になるのだそうです。何の初出かというと、外国の資料に登場する日本人の名前としてです。

そもそも、この帥升」は名前なのか職名なのかも今では分かりません。そもそも、日本に文字のなかった弥生時代のことでもありますので。

弥生時代が終わって古墳時代が来て、そしてやっと飛鳥時代になるわけです。仏教とともに漢字がやってっくるのが6世紀ですから、日本側の記録はありません。

この名前が「後漢書東夷伝」に登場するのが西暦107年のことで、これよりわずか前に後漢に朝貢して金印をもらっています。

で、この帥升」がなにを中国に貢いだのかというと、奴隷を160人贈っています。卑弥呼も台与も奴隷を貢物として贈っています。

この奴隷を「生口(せいこう)」というのだそうですが、そもそも、生口が捕虜だとする説やら、学生だったとする説や、はたまた職能を身に着けた技術者だったという説など、色々有るようですが、ここでは通説通り、奴隷だったとしておきます。

そもそも縄文時代にも奴隷はいたとされています。古墳時代には、私有・官有の奴隷がいたようですが、飛鳥時代の大化の改新によって律令制が導入されることで、「五色の賤」という区分けがされたのだそうです。

およそ、人口の5%が五色の賤」にされていたようです。それについては興味があれば調べてください。

古墳を作ったり荘園を維持したり、必要以上の大邸宅の維持に労働力が必要であったことは、洋の東西に限らず想像できることでもあります。とはいえ、907年の延喜格によって、五色の賤」は正式に廃止されたとのことです。

平安時代も後期になると律令制度が崩壊し、国家は騒然としてきます。勾引や子取りも横行したようですし、飢饉や疫病も多発して、餓死を逃れる手段として身売りするようなケースも増加し社会問題化していったようです。

鎌倉幕府は1239年に人身売買の禁止を命じていますが、飢饉の際の人身売買と、それに伴い奴隷の発生は黙認せざるを得なかったようです。

南北朝の動乱期に入ると中央政府の統制が弱まり、戦国期には占領すれば支配民を奴隷化し、ポルトガルに輸出品目として売り飛ばすようなことも横行していましたが、秀吉が人身売買と同時にバテレンを禁じました。

江戸時代には勾引は死罪で、奴隷も禁じましたが、娘の身売りは認可されていました。

有名な話として明治5年に「マリア・ルス号」という事件が起きます。要約するとペルーの船から清国の奴隷が逃げて、それをイギリスが助ける。イギリスは日本に奴隷の救済を求める。

副島種臣
wiki「副島種臣」にリンク ↑

副島種臣は国際問題になることを恐れず、奴隷解放を条件にペルー船の出港を禁じます。ペルー側の弁護士は、日本の遊女が奴隷であるとして矛盾を突いてきました。そこで、日本は芸娼妓解放令を出すこととなりました。

とまあ、日本における「奴隷」の変遷を見てきましたが、国家の体制が整い、近代化する過程で奴隷という制度は、消失していくことは自明のことと思います。

奴隷制度に、優良も悪辣もあったものではありませんが、欧米の人を人とも思わないような過酷な考え方に比べると、やはり「もののあわれ」を知る日本人は、緩やかな気がします。

リサ・クリスティン
リサ・クリスティンの記事にリンク ↑

たまたま、TEDを眺めていたらリサ・クリスティンという人の「現代奴隷の目撃写真」という演目を見つけて動画を見ました。



人道上から、奴隷などということがあってはならないことは自明のことですが、仮に国家の体制が弥生時代や古墳時代のようなものであったとするなら、奴隷という制度を廃止するだけで、その国家が近代化するわけではなさそうです。

キリスト教的な考え方、資本主義という強欲主義、民主主義という個の主張が、必ずしも唯一絶対の価値観でもないわけで、その権化であるアメリカにおいても、ちょっと前には奴隷を大量に輸入していましたし、ヨーロッパの各国はアフリカやアジアに植民地を保有して、ふんぞり返っていたわけです。

奴隷の発生は、占領民を労働力にしたり、飢饉などによる生存を担保するものであったり、性奴隷であったり、カーストのような身分制であったり様々な背景があり、リサ・クリスティンの主張するような一意的な善の行使によって解決するものとも思えません。

差別やいじめがいまだになくならないのは世界に共通しています。どこに、その原点があるのか、そこを探求しない限り、いくら現象を見つけて声高に正義を振りかざしても問題解決にはなりそうもありません。

何もしないよりはマシなのか、はたまた、国ごとの時間の中で自律的に解決されるのを待つのがいいのかは分かりませんが、人間の知性など、なにをどうしたところで所詮はこの程度のものなのでしょうね。

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