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あれこれ

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ルイス・フロイスの見た日本

さぼ郎
「フロイスの日本覚書」は、1983年に松田毅一さんが書いた中公新書です。

フロイスの日本覚書

フロイスについて簡単に説明すると、1532年にリスボンで生まれ、1548年16歳でイエズス会に入会し、インドのゴアに赴き、そこでフランシスコ・ザビエルに出会う。

1561年にゴアで司祭に叙階され、1563年31歳で日本に来る。1565年に京都に来るが足利義輝が殺害され、フロイスたちは京都を追われるが、1569年に二条城を建設中の織田信長と対面し、フロイスは信長から畿内の布教を許可される。

秀吉の代になって、当初は信長のイエズス会政策を継承していたが、1587年にバテレン追放令を出すにいたり、畿内を去って長崎に行くが、天正遣欧使節を伴ってヴァリニャーノが再来日すると同行して聚楽第で秀吉と会見。

1592年ヴァリニャーノとともにマカオに渡るが、1595年長崎に戻り、そこで65歳の生涯を閉じる。

ヴァリニャーノの書いた文章も、とても面白いです。
日本人は、他の国々の国民と甚だしく異なった儀礼や風習を有しており、まるで、他国の国民とも、いかにすれば順応しないかを故意に研究したかと思われるばかりである。
話し方、座り方、歩き方、食べ方、その他数多くのことを習得することが必要となる。
はじめは奇怪で不合理に思えるが慣れるとそれらが優れたもののように思われるようになる。
日本人はたとえ世界が破滅しようともその日常の態度なり方式を一寸たりとも変えはせぬであろう。
とまぁ、いまから500年前と今とで、日本人の基本が変わっていないところが面白いです。

フランシスコ・ザビエルとヤジロウの話も面白いのですが、ともかくフロイスの「覚書」を紹介します。
日本人はたいてい、体格と身長が我らより劣っている
日本人は大きい目をぞっとするようなものとみなす
日本人の鼻は低く鼻孔は小さい
日本人の顎は小さい
日本人は名誉と優美さをちょんまげで表す
日本人は毛抜きで禿頭にしてしまう
日本人にはそばかすがめったにいない
日本人は凍瘡のアバタが多い
日本人は季節によって着るものを変える
日本人は服装や衣服の工夫をしない
日本人は世俗を捨てると剃髪する
日本人は剣の切れ味を死んだ人体で試す
日本人は散歩をしない
日本人は主人が座っているときは召使も座っていなければ不躾である
日本人は痰を飲み込む
日本人は刀を両手で扱う
日本人は貴賎を問わず稲のわらで作ったサンダルを履く
日本人は君侯の前には履物を履いていかない
日本人は履物を履いたままで家に入らない
日本人は足と手と頭を地につくほどうつむくことで慇懃さを表す
日本の女性は処女の純血を何ら重んじない
日本の女性は頭髪に縫った油で悪臭を放っている
日本の女性は眉を毛抜きで抜いてしまう
日本の女性は歯を黒く塗る
日本では夫が後方を、妻が前方を歩く
日本では望みのまま離婚をする
日本では妻が夫に利息を取ってお金を貸す
日本ではしばしば妻が夫を離婚する
日本では普通に堕胎する
日本では娘が一人で行きたいところに行く
日本の女性は育てることが出来ないと思うと嬰児を殺す
日本では比丘尼の僧院は娼婦街となっている
日本の貴婦人は文字を書けないと格が下がる
日本では女性が飲酒をし時には酩酊するまで飲む
日本の女性は座ったままで客を迎える
日本では寡婦になると頭髪を剃る
日本の女性は常に足を揃えて後方に向けて座る
日本ではほとんどいつでも極く幼い少女が嬰児をおんぶしている
日本の子供は三歳で箸を使って一人でご飯を食べる
日本では悪いことをした息子を殴ったりしないで咎めるだけである
日本の子供は書くことから始め、その後に読むことを覚える
日本の子供は思慮分別があり異常なほど完璧である
日本では息子の相続させるために生前に隠退する
日本では魚を生で食べる
日本では食事をした人自身が自分の食卓を片付ける
日本人は食物に直接手を触れないから食事の前に手を洗わない
日本人は麺を冷水で冷やしてからたいそう長いまま食べる
日本人はお酒を温めて飲む
日本人は木の盃か粘土の盃で飲む
日本人はお酒を無理に勧めあって飲むのでひどく悪酔いさせることが有る
日本人は乳製品を悪臭がすると言って好まない
日本人は米や腐敗した穀物を塩と混ぜて「味噌」として使用する
日本人は腐敗した魚の臓物をとても喜んで食べる
日本では招いたほうが招かれたお客に礼を言う
日本では魚釣りを下賤なこととして卑しむ
日本人は顔を洗う前に歯を磨く
日本人が食事に使用する汁は塩辛い
日本人はボラ(鰡)を卑しい人の食べるものとして嫌がる
日本人は客の前でも平気でゲップをする
日本人には重篤な伝染病はまれなことである
日本人は乾燥した草に火をつけて病気の治療をする
日本人は浣腸をしない
日本人の医者は自分の家から患者の家に薬を届ける
日本人の医者は患者の尿を調べない
日本人は病気や怪我からの回復がとても早い
日本人は切り傷、刀傷にはニカワを縫った紙を貼る
日本人は病人に食欲が無くなればそのまま死なせる
日本では真珠を薬以外に宝飾品としては使わない
日本では医者は誰でも望めばなれる
日本人はヨコネ(梅毒)にかかることを恥とはしない
日本人は仮名48文字以外に無数の文字(漢字)を書く
日本人は文字を点てに書き、右から左へと書く
日本人の書物は西洋の終わりに当たるところから始まる
日本人は野うさぎの毛と竹の柄で作った絵筆で文字を書く
日本人のインクは塊で使うときに磨って水に溶く
日本の書状はごく短く非常に要を得ている
日本の書状は折り畳まずに巻く
日本の年代は天皇の在世中に何回も変わる
日本人は書簡を手のひらでしたためる
日本人の書く文字はでかい
日本人の家屋は平屋である
日本の建物には基礎がなく石の上に柱を立てている
日本人は古い刀やヒビの入った陶器を宝物とする
日本では糞尿を米や金で買ってくれる
日本では大工に食事を出す
日本では動物を殺すとキモを潰すが人殺しはありふれたことである
日本では子供でさえ夜を恐れない
日本では蛇を手で触り嫌がりもしない
日本人はハエを手で殺す
日本では薬をハマグリの殻に入れる
日本では他人を訪ねるのに概ねお土産を持参する
日本では偽りの笑いを考証で品位の富むこととする
日本では曖昧なのが一番良い言葉とされる
著者の松田さんによると、フロイスは日本に22年滞在しながらの観察であるので、かなり正確な記録といえるとのことです。

全部で611か条も有るようですが、とくに「へぇ~」「なるほど」を広い書きしました。

上司であるヴァリニァーノによればフロイスは多少、「誇張癖」があったようなので、ヨーロッパとの比較にために強調して書いている部分も少なくはないようです。

さらに、フロイスは16歳で欧州を離れているので、フロイスの根拠とする「われら」とは、なにを指しているのかは、ポルトガルでのことと、書物で読んだ限りのことになってしまいます。

17世紀に日本のやってきたヴィヴェーリは「日本の政治は世界で最も優れており、彼らが神を知らないにも関わらず心憎い」と述懐しています。

日本人のうちには欧州人を「南蛮人」と呼び憎悪する人が多かったようです。口では「謙遜」と言いながら、日本人をヒトとも思わないような態度が根底にあったようで、そのような不遜な態度が憎悪の対象になっていったのだと思われます。

見た目の「人種(風貌)」が異なったこともあるとは思いますが、風習の違いにお互いの「憎悪」の起点があったように思います。

このフロイスの611箇条をみて現在と対比してみると、欧州の風習に、日本の風習が一つとして反映されていないのに対し、日本の風習のかなりの部分が欧州風に変えられていることに気が付きます。

面白いなと感じることに、ワタシはフロイスが1585年ころに書いた「覚書」を読んでいたわけですが、昨日、仲間内の集まりにおいて和名「日本1852」、原名「All about Japan」という本を紹介されました。

日本1852

この本はペリーが日本に来る前に日本の情報源として読んだのだそうです。当時の欧米に出回っていた日本に対する情報をつぶさに集めて研究した書物にようです。

書評を投稿したヒトの一人は「過去20年で読んだ本の中で一番面白かった」と云うほどでした。

図書館いないので、いずれ、購入して読んでみたいと思います。片方は430年ほど前の話で、「All about Japan」は160年ほど前の話ですが、何が変わって、何が変わっていないのかに、とても興味があります。

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