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視点

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経済を見る視点《03》

GDPとGNPの違い

さぼ郎
CPU」と「GPU」には違いがあります。同様に「GDP」と「GNP」にも違いがあります。ローマ字にすれば1文字の違いですが、意味には違いがかなりあるようです。

GDP(Gross Domestic Product)=“国内”総生産
GNP(Gross National Product)=“国民”総生産
GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。 “国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。
一方GNPは“国民”のため、国内に限らず、日本企業の海外支店等の所得も含んでいる。
と、内閣府では説明しています。ようは、「GDP」なわけです。

GDP

GDPは国内で生まれた付加価値の合計になるのだそうです。付加価値が生まれれば、必ず誰かの懐に入ります。

給料

企業活動であるなら、付加価値がなければ従業員に給料を払うことが出来ません。
よく世間では商売だから儲けるときもあれば損するときもある、得したり損したりしているうちに成功していくというが、自分はそうは思わない。
絶対に損をしてはいけないのである。
商売というのは真剣勝負と一緒だ。首をはねたり、はねられたりするうちに勝つというようなことはあり得ない。活動すれば、それだけの成功が得られなければならないのだ。
これは松下幸之助さんの言葉だそうです。不況だろうが、戦時下であろうが、いかなる時であっても損をしてはいけないのが経営者であるということになります。

で、そのようにして得た付加価値の総合計が「国内総生産」になり、必ず誰かの所得になり、所得から支出された総合計が「国内総支出」となるわけです。

生産・所得・支出

この数字は2008年度です。2015年度は実質529.2兆円で名目が500.5兆円でした。

実質GDPは、物価の上昇や下落の影響を取り除いた数字で、名目は実際に市場で取引された数字になります。名目値は、インフレやデフレの影響を受けるため、一般的には実質値を使うそうです。

ちなみに「名目÷実質」をGDPデフレーターと呼ぶのだそうです。ということは、2015年は0.946となりデフレになってしまいます。どうなっているんだかは分かりません。だって、インフレ目標2%でやっているの5%のデフレだったら日銀総裁の首が飛んでいますよね。

だれか、説明できる人がいたら教えて欲しいものです。

青山繁晴さん

「葉隠」というと、色々いう人がいます。ワタシの理解では、人間は誰でも生きることの方がいいに決まっている。だから、理屈で考えると、生きる道を探してしまう。しかし、戦いの場面で、いかなる理屈をつけたところで生き残れば、それは卑怯である。死んだことが失敗であっても、犬死と馬鹿にされるかもしれないが、卑怯にはならない。

だから、何も考えず死に物狂いで死ねばいい という哲学と理解しています。

」は、どんなに好きであっても、打ち明けたりせず、「好き」だという気持ちを押し隠し「一生忍びて思ひ死にするこそ、恋の本意なれ」ということが武士の恋の仕方である と。

ところが、青山さんは、
「武士道といふは死ぬことと見付けたり」という葉隠(はがくれ)の一節は、さぁ死ね、すぐ死ねと言っているのか。違う。生きよ、他人のために生きよ、自分のためだけに生きていては人生は空しく死ぬだけだ、他人のためにいざとなれば死ねるほどに生きて初めて人生は輝くと、葉隠の書を口述した江戸中期の武士、山本常朝さんという世界レベルの哲人は言っているのだ。
松岡正剛さんの「葉隠」に関する解説でも青山さんと似たような深読みが書かれていますが、山本常朝は、孔子や孟子は鍋島の国学には合わないとし、仮に藩主に意見を言いたければ、人前で言わずに藩主に直接言うべきだとしています。

武士道

なぜなら、その意見がどうであれ、伝わるうちに批判となる可能性もあるわけで、山本常朝に取って見れば、藩主の出来不出来なども超越して、国に対する忠誠さえしっかり持っていれば、様々な思想や哲学は不要であるという、ごく、単純化した生き方を指針にすることの極意が「死ぬこと」と見つけたと、ごく単純に解釈するのがいいと思います。

このような考え方は、江戸時代を通じて様々な形で現れます。荻生徂徠は、孔子や孟子の教えは、忠実にその原典に遡って読むべきであり、朱子の解釈を前提にするのは良くないとして朱子学を批判します。

山本常朝と荻生徂徠は、ほぼ同時代の人です。将軍は綱吉あたりで、元禄時代を経験している世代ですので、「葉隠」を伝えるには、若干の違和感がある世代でもあります。

本居宣長は、漢文化された日本古来の言い伝えは、少なくとも万葉仮名まで遡って、万葉人の思いをなぞるべきだとします。そこから、日本人の心の原点を理屈ではなく感情であるとし、「もののあわれ」に見出します。

忍ぶ恋などではなく、恋をして煩悶する感情こそに「もののあわれ」が有るというわけです。

吉田松陰の頃には、幕府の統治能力はかなり疑わしくなっていて、国内は一揆が多発し、海外列強は開国を迫るなどして内憂外患状態に対して、有効な手立てが打てずに、単に「幕府」として諸大名の上に鎮座していたとも言えます。

長期安定政権の弊害とも言えます。一番違和感を覚えていた層は、下級武士層だったと言うのは結果論でしかありませんが、当然、何かの因果があってのことと思います。

官僚機構を「幕府」とし、国会議員を「大名(小名?)」としてみると、下級武士層に該当するのは、一体誰なのだろうかとは思うものの、内憂外患も差し迫ったものは特になく、国会議員の統治能力はさておき、官僚機構の統治能力には特段の疑義もなく、いまのところ「天気晴朗で、波低し」な日本です。

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