PAGE TOP

取り組み

印刷する

ビジネス本の効用

さぼ郎
この2月に前年、有料・無料のセミナーを受けた概要を伝達する会を開きました。その後も、幾つかの有料・無料のセミナーを受けたり、ビジネス本と称するカテゴリの成功本など買ったり、図書館から借りたりして読んでいます。

伝達研修
伝達研修の記事にリンク ↑

とくに、先輩から経営に戦略がないと指摘され、意識して経営戦略的な本を借りたり買ったりして読むようにしています。

経営戦略というと、多くあるパターンは、「大手の企業をやめて独立してコンサルタントになる。ところが思うようにはうまく行かず、どん底に落ちる。そこから恥も外聞もなく集客やら周知やらを重ね、顧客関係のコミュニケーションもうまくいき、紹介など支援してくれるヒトもでき、いまでは大成功しているので、その秘訣をあなたに教えましょう」的な、その人の成功体験を前提にしたハウツー本です。

このビジネス本というジャンルだけで有名人になっているヒトも少なからずいるようです。それだけ信奉する人が多くいるということは、それだけ成果を与えられているということなのだと思います。

勝間和代さんによると「神田昌典さんは私のお師匠さんです」とのことで、「いわゆる、うさんくさい自己啓発とは違います。本当に効果があるのです。」とまで言い切っている人がいるくらいです。

神田昌典

いま、「ザ・プロフィット」という本と「月収1万倍仕事術」という本を、気分によって入れ替えながら読み進めています。いままでだと、赤線引きながら読んで、読み終わると足しになった気分にはなるものの、数日経つとほとんど忘却してしまうことの繰り返しでした。

そこで、B6サイズのコクヨのカードを買い込んで、「これはいい」と思ったフレーズについてカード1枚に収まるように書くようにしています。漢字を覚えることと少しで文字を綺麗に書くことも含めて手書きにしていますが、やっぱり手書きはいいです。

ところで、「退位」と「譲位」の違いを説明できるヒトはいますか?

こういう言葉を正確に使う場面は、一般人にはきっと無いと思うのですが、報道や教育、あるいは政治に関係する人々にとっては、結構重要なことなのでしょう。

まず、wikiで「退位」を調べてみると、
通常、君主制が廃止されない限りは、自動的に継承者に譲り渡すことになる。君主の死によって継承される場合は「退位」と言わず、君主が生きているうちに地位権力を手放すことを「退位」という。また、君主自身の意思ではなく、他人が君主から地位権力を剥奪することは廃位という
という説明で、「生前」はあえて付けることはなく、ただの「退位」で良さそうですが、報道を見る限り、ほとんどのメディアが「生前退位」としているのも奇異な感じです。

では、wikiによる「譲位」はどのようになっているでしょうか。
譲位は、君主が、その地位を生きているうちに後継者へ譲り渡す行為である。通常は、世襲を原則とした地位の継承について言う。
とありますが、
前任者の意思によらずにその地位についた場合の継承は、譲位とは言わない。譲位は、君主の意思の表現
という記述もあって、誰に譲るということを明確にすることを「譲位」というようです。
退位する天皇が譲位の宣命を宣布する儀式とその後に行われる継承者への剣璽を引き渡す儀式(剣璽渡御の儀)の2つを中心として儀式体系が組まれてきた
この記述を見ると「退位」と「譲位」は、使い分けがあるようでもありますが、平民にとってはあまり詮索しても無意味な感じです。

現実の日本の天皇制で考えると多々難しい問題があって、軽々に触れるべき話題ではないと思いますが、とても不思議な事は正式な発表ではなくNHKからの発表であるということです。

皇室典範
NHKの特集記事 ↑

宮内庁の風岡典之長官は14日の記者会見できっぱりと、「生前退位について官邸と相談しているということはない」と発表しています。宮内庁の長官が知らないことが、天皇陛下が「宮内庁の関係者に示されている」というのは、発表の形態からして不思議であるというのが率直な感想です。

官房長官を追求しただけで、クローズアップ現代の社会が変わってしまうくらい、ポチ化しているNHKであるにもかかわらず、誰も血祭に上げられていないということは仕組まれたリークであることは間違いのないところだと思います。

NHKのニュースに対して各メディアが批判するどころか世論調査までしています。ということは、政府も宮内庁もメディアも同意しているということのようで、先行して世論を形成しているのでしょうか。

76歳になっても都知事になりたいヒトがいて、一方では退位の意向を報道される君主がいるという風景も、不思議です。

風景

何が良くて、何が悪いかではなく、視点をずっと引いてくるなら、それもありこれもありで風景なのだという見方ができるようになりました。

逆に視点を前に持っていけば、たしかに細かなところまで見えるようになるかもしれません。しかし、赤い花は赤い花でしか無いのだけれど、視点を引けば緑の中の紅1点かもしれないわけで、年をとるということはそういうことなのかもしれません。

一度見たDVDを、再度見てしまって、でも、前に見た記憶もないから年をとるということは楽しいことだというようなヒトもいますが、ワタシはまだ、そこまで達観できていませんけど。

キーワード