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あれこれ

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長流の畔

流転の海 第八部

さぼ郎
宮本輝さんの「流転の海」第八部「長流の畔」を読み終わりました。買えばいいのですが、単行本はあまり買いたくありません。

長流の畔

そこで図書館に来る前に予約を入れておいたので、ほぼ、一番で手元に来ました。台東区には4冊有るようで、予約待ちが現在12人です。

夜、寝る前に読むようにしていましたが、読みだすと眠気が来なくて困った日が何日かありました。残りが少なくなると、少しずつしか読みませんでした。

確かに前半の流れがスムーズではないように感じた部分もありましたが、房江の自殺未遂、生還、そして房江が自分の中にある、自分自身が気づいていなかった「自分」に目覚めていく過程には、今に至るまでの房江と熊吾の二人の間柄があればこその脈絡だと感じました。

なぜ、題が「長流の畔」なのかは最後まで読み、著者の後書きを読んで初めて納得できました。
どこが始まりでどこが終わりなのかわからない長い長い川の畔を旅していて、疲れ果てて倒れこんでしまうときがあっても、そこには毒虫もいればスミレも咲いている。そのどちらと出会うかは「運」ではない。「意思」である。
累々たる死と失敗と挫折は、それを乗り越えるごとに、源が遠ければ遠いほど流れは長いことの証となる。流れのはるか彼方の、目に見えない未来で待つ生が凛然と輝くであろう証である。
なんとなく分かる部分もあれば、わからない部分もありますが、熊吾が博美という女の肉欲に溺れ、その女の部屋に通うところを房江に見つかる。

博美への熊吾の思いは、今ひとつ感心しませんでした。博美を単なる肉欲のはけ口にしてしまっていることが若干気に入りません。

博美に対する引け目は、金で解決したから無いとはいえ、とはいえ長崎まで行き、先祖の墓まで一緒にいったほど、お互いの人生に踏み込んだのだから、もっと深い扱いにし、房江とのはざまで、煩悶する熊吾を書いて欲しかった。

ちょっと、博美の扱いがぞんざいで可哀想な気がします。

そんなこんなもあって、房江は睡眠薬自殺を試みるも運良く一命を取り留める。新たな生を受けたと思って房江は熊吾に頼らない生活をしようとして賄い婦として就職する。

そんな房江の退社時刻を見計らって喫茶店から房江が市電に乗る姿を見ながら、熊吾は、「松坂房江を殺していたのはこの俺だ、、、、。」

房江の乗る市電が行ってしまってからも、熊吾は喫茶店の観葉植物に身を隠しつづけた というところで第八部が終わります。

宮本輝さんは、第一部の「流転の海」を書いたのが34歳だそうで、この第八部を書き終えたのが69歳。35年かけています。

この歳月を考えると、本居宣長が古事記伝を起稿したのが34歳で脱稿したのが68歳。ちょうど、そんなことがオーバーラップしてしまいます。

さらに、宮本輝さんには、第九部「野の春」を書くという最後の仕事が残っています。

第八部の伸仁はまだ高校生で、時代は昭和37年の東京オリンピックです。熊吾は昭和37年時点で68歳で、糖尿病がかなり進行しているので、第九部では死期を迎えるわけですが、死と失敗と挫折が交錯する「流転の海」に揉まれながらも、房江と熊吾という夫婦の人生の時間を川に例えて「長流の畔ほとり」に立って、その源を見つめなおすというのが最終の部である野の春」になるのでしょう。

題からすると、最後には熊吾には平安な死が来るのでしょうね。熊吾と房江は出会ったことは福音だったのでしょうか。

毒虫をつかむのも、スミレをつかむのも、結局は「」のような他力によるものではなく、自らの「意思」による選択であり、長い川のはるか源は、過去への回帰で有るはずなのに、そこには熊吾の死が、未来の生へと繋がりが凛然と輝いているという結末が、いまから何年先になるのかは不明ですが、いまから大いなる楽しみです。

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