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取り組み

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上流と下流

さぼ郎
先週、打ち合わせがありました。打ち合わせの内容は、「文書管理」という手法をどのように市場に浸透させるかということについての、具体的には2回目の打ち合わせでした。

文書管理

官公庁では、おそらくどこでも「文書管理」をしているハズです。なぜなら、上級官庁からさまざな通達や達示が来るし、法律についての情報などもきます。

予算に関しても、予算の執行に関しても常に多くの文書が飛び交いますし、そのそれぞれが、何かの場合の証拠となります。

ということで、官公庁においては「文書管理」は不可欠です。役人が仕事をしたという唯一の証(あかし)なわけです。で、仕事をしたかどうかを住民から請求されたら、証拠を開示するのが「情報公開」です。情報公開できない事情というのは邪(よこしま)な不正があったか、仕事をしていなかったかのどちらかになります。

東京都知事が5千万円かけて物見遊山してきても、ちゃんと情報公開出来るなら「仕事をした」という証になりますし、情報公開できなければ邪なことをしたことの証になります。

都知事の弁では一流の国家の一流の都市の一流の知事が、海外に出向けば一流のホテルのスィートに泊まらないわけには行かないそうです。

一流の人物の考えることは二流、三流のワタシなどには思いも及びません。

よくあるのは都合が悪くなると「捨てた」「廃棄した」「焼却した」となりますが、公の文書の場合、「文書等毀棄罪」という罪が用意されているようです。が、おそらく適用されることはないのでしょう。

廃棄

ということで、お役所は単純に文書管理をしているという話です。必殺仕置人で中村主水が書庫で過去の起きた事件の書類を探している風景が映されますが、大方、お役所の文書管理はあのような管理方法で、用が足りています。

なぜなら、管理している文書から付加価値を取り出すわけでもなく、効率や能率や、もっといえば管理する目的や意義などとは全く関係なく、「昔からやっているから」「そのようにやれと言われているから」で、文書管理をし、そのための人材をあててもコストとは縁がないので、無理も無駄も関係なく文書管理をしています。

民間で考えると、余程、文書文化のレベルが高くないか、役所の補助金などの事業を多く受注していないかぎり、属人管理が主体です。

属人管理というのは、その人がその人なりに紙の文書は引き出しに入れ、電子ファイルの類いは、その人のパソコンに入れて、それ以上もそれ以下もない管理をしているのが普通です。

パソコン

プロジェクト等となるとリーダーがどういう手法で統括するかによりますが、ドキュメントの再利用性は、おそらく高くはないと思います。

しかし、これから日本の経済は減速していかざるを得ないと思います。イトーヨーカ堂などは高収益のうちにと言って2020年までに毎年10店舗ずつ、最大40店舗閉鎖していくのだそうです。

先が見える企業、収益の出ている企業は、景気減速が起きてから対応するのではなく、起きそうな予想がたった時点で手を打ちます。

つまり、これからの企業は拡大ではなく縮小を真剣に検討する時期に来つつ有ると思うのです。そうなると、人員の削減や部門の縮小・閉鎖をし、競争優位を先鋭化していくべく手を打たなければなりません。

個人情報

そうなると文書管理が適正にできていないと、引継ぎの円滑や、営業秘密の漏洩など、予測されることは少なくありません。

つまり、役所で行うような、即物的な文書管理は「下流」として完備しておく必要がありますが、即物的な文書管理だけなら役所にしか必要が無いわけですが、「上流」と絡めて取り組むことで、企業力は堅固になっていくのだと思います。

下流

一時、「下流老人」などという言葉が流行りましたが、この「下流」は「ハイソサエティ=上流」に対置される「下流」ですが、即物的な役割をになう「下流」に対置する「上流」は、下流の要素に立脚した企業運営に近い事象の事になります。

この「上流」「下流」という言葉を聞いた時、コンピュータの言語に「高級言語」と「低レベル言語」というのがあって、低レベル言語」などというと、どんなかと思うのですが、実はアセンブラとかC言語のような言語を「低レベル言語」といい、より機械に近い言語という意味になります。

文書管理」が「下流」であることと、意味が近似していると思いました。ようは、文書管理というのは、企業のマネジメントにおいて基礎のような位置づけにしなければ、企業内インテリジェンスを高めることも難しいし、減速社会での対応も難しくなっていく可能性すら有るわけです。

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