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三浦按針の話《6》

大老家康に謁見

hiroshi
艦長が病気のためアダムスと乗組員の一人を伴って将軍の派遣したガレー船に乗って大坂城へ向かいました。

謁見

1600年5月12日に到着し、筆頭大老の徳川家康と謁見しました。そこでは、ポルトガル人の通訳を介して、「どこの国の人か、何しに来たのか、戦争はしているのか・・・・」など次から次へと多くのことについて質問されました。その後、アダムスは牢へ入れられましたが世話役の家来を一人つけるなど大変よく扱われました。

次の日もアダムスを呼び出しいろいろと質問をされました。結局、41日目にやっと解放され堺港に回航されていたリーフデ号に乗り込みました。

41日間の質問で、家康が一番聞きたかったことは、目前に迫った合戦で使用できる、武器のことではないでしょうか・・・・。

謁見

ところで、豊後の臼杵沖に到着したリーフデ号はどうなったのでしょうか。

座礁して沈没したと考えている人が多くいますが、アダムスの書簡(手紙)を見ますと、臼杵では錨をおろしています。そして家康の命令で堺港に回航して解放されたアダムスを乗せ、江戸まで来ているのです。

リーフデ号

また、リーフデ号の積荷についての史料−ディオゴ・デ・コウトの「亜細亜誌」−には、大砲19門や鉄砲500丁などの武器があります。

家康は、この武器を手に入れるためにリーフデ号を江戸まで回航させたのではないでしょうか。

残念ながら、江戸でこれらの武器を荷揚げしたという史料は見つかっていませんが・・・・・。

家康



ディオゴ・デ・コウトの「亜細亜誌」
リーフデ号の積荷目録

・粗羅紗大箱11箱
・珊瑚樹400本、及び同数の琥珀を納めた櫃 1個
・着色した硝子玉、鏡、眼鏡、子供の用いる笛などを入れた大箱
・レアル貨2000クルサド
・青銅の大型大砲19門
・小型大砲数門
・小銃500挺
・鉄製砲弾5000発
・鏈弾300発
・火薬50キンタル
・鎖鏈甲の大箱3個
・火縄竿355本
・多くの釘、刃物、斧、鍬、鋤
・そのほか各種の工具など

ーーー続く



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