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戦後70年

さぼ郎
戦後70年が経ちました。ということは昭和になってから90年。ということは大正になってから105年。ということは明治になってから150年たったということなのでしょうか。

厳密には元年の計算の仕方や明治元年の旧暦の計算などで147年のようです。

大政奉還
WIKI「大政奉還」にリンク ↑

慶応3年10月14日(1867年11月9日)に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に上奏し、翌15日に天皇がこれを勅許しています。そこを起点にすると148年。

100歳以上が6万人を超えたそうです。103歳以上なら明治生まれになると思うので、根拠のない推定で4万人前後あたりじゃないでしょうか。ちなみにワタシの伯母は明治43年生まれでしたが5年前に102歳寸前で亡くなりました。

その間に、いろいろなことが起きたわけですが、文化で考えると東洋文化から西洋文化に切り替わったことがとても大きかったのではないかと思います。

あと、天皇陛下が神様から人間になったことなども、結構大きい出来事で憲法が陛下から国民に示された規範が、国民主権になったことで、新憲法では天皇や国会議員は国民が制定した規範を守る義務ができたわけです。

厳密に言うと「尊重し擁護する義務」であって、遵守する義務ではないようで、最近では「安倍という総理大臣の責任」で解釈を変えることができるようです。

150年の間に大きな戦争がありました。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦。

といっても昭和20年から70年は戦争をしていないので、大政奉還してから80年の間に矢継ぎ早に戦争をし、原爆二発落とされ壊滅的な敗戦を強いられたわけです。

この第二次世界大戦でどれくらいのヒトが亡くなったか。

learn
「米国国立第二次世界大戦博物館」にリンク ↑

ここの表を見てみると日本兵の死者数は2,120,000人です。一般市民と合計すると260万〜310万人のような曖昧な数になっています。戸籍がちゃんとしているのだから正式な数はわかると思います。

ちなみにドイツは軍人553万人、民間人合わせると660万〜880万人だそうです。日本の倍以上の犠牲が出ています。

wikiを見ても「50万〜100万」となっています。東京書籍の教科書では軍人230万人、民間人80万人だそうです。千鳥ヶ淵のリーフレットでは、軍人・軍属・民間人合わせて310万人。うち、国外での死者数は、240万人だそうですから、国内では70万人が連日の空襲や原爆で死んでいます。

「軍人は仕方がない」では片付けられません。赤紙一枚で強制的に招集され、死んでいったことを考えると、生まれた時期が違うだけで、自分も同じ道を歩んでいたのは間違いのない所だったわけです。

遺骨返還率

上の図は遺骨返還の状況です。タイ、マレーシア、中国本土の返還率はかなり高いです。沖縄は100%です。ジャングルを抱えているところと、中国北東部、ソ連がかなり悪いですね。中国北東部もソ連が関与しているせいなのでしょうか、かなり返還率が悪いです。

戦死者数で見てみると以下のグラフのようになります。ミャンマー(昔の名前はビルマ)以下になると、遺骨を探すのも大変です。あと、どれくらいの遺骨が回収できていないのでしょうか?

その点、海軍は悲惨です。

戦死者数

戦死は、フィリピンが一番多かったとは知りませんでした。玉砕というと南方の島を連想してしまいますが、「捷号作戦」というのを考えて、徹底抗戦をしようとしていたようです。

ちょうど東条内閣が倒れ小磯内閣になると主導権は参謀本部が握り、餅をたくさん絵に書いて食べようとしていたかのごとくです。

軍人の戦死というと靖国神社です。靖国神社には2,466,532人の英霊が祀られているそうです。

英霊

靖国の英霊のうち86.5%が和名「大東亜戦争」、一般名は「太平洋戦争」または「第二次世界大戦」での死亡です。靖国の英霊の95%は昭和になってからのイクサの犠牲者です。

ちなみに「英霊」は日露以降の呼び方で、当初は「忠霊」・「忠魂」だったようです。

2010年の人口で見ると、310万人というと茨城県以上静岡県以下というあたりです。県別人口で言うと10番か11番の県に住む人口がそっくり無くなるわけで、鳥取県でいうなら5.2回、そっくり人口がなくなってしまう規模の割には、戦後の繁栄を謳歌するのはいいとしても、総括が足りないように思います。

8月6日と9日に落とされた原爆ですが、アーティストのマクシミリアン・ボーデ氏が作ったインフォグラフィックが、LITTLE BOYが広島で、FATHERS MANが長崎です。

原爆
「インフォグラフィック」にリンク ↑

1970年代にソビエトが作った水爆は50,000キロトンだそうです。広島の3,000倍です。結局、日本が防衛に必要な戦力となると、抑止力だのいろいろな言い分はあるのでしょうが、専守防衛から踏み出すとボーダーを決めることは難しくなると思いますが、「安倍という総理大臣の責任」で決めるようです。

戦後70年、戦時の体験を語るヒトも少なくなっています。ドイツは、あのヨーロッパで、それなりの評価を得て、いまやヨーロッパにおいて経済の中核を担っています。難民も2014年にドイツでは20万人が申請しています。
ドイツの公共放送が発表した最新世論調査によると、難民の受け入れを「少なくするべきだ」と答えたのは38%。 「これまで通り」が34%、「もっと多くすべきだ」と答えた人も23%いる。
翻って日本では、昨年、5,000人の難民申請があったが、難民として認定され、在留を認められたのはわずか11人
同じ敗戦国の違いが、ここにも現れているような気がします。ドイツは、ほぼ自力で復興している。日本は朝鮮戦争と中国の鎖国とアメリカのおかげ様で急速な復興ができました。

そんな曖昧さが、日独の違いのベースになっているのかもしれません。雑学ですが、東京タワーの鉄は朝鮮戦争で使ったアメリカの戦車をスクラップにして作ったとのこと。

戦後復興のシンボルらしい話です。


なにかと噂があるオリンピックのエンブレムですが、こんなデザインがあるのを見つけました。

五輪をモチーフにして桜にしていて、とても素敵です。どういう経緯で、ああいうデザインのコンペが行われ、選定されるのか不明です。

新国立劇場も安藤先生が座長権限でザハ案を採択したという記事がありましたが、少なくとも我々の目に触れるところでないところで事が進んでいるように思います。

あいかわらずの日本スタイルですネ。

エンブレム
新エンブレムのアイデアにリンク ↑

モチーフ
5つの輪から崩していったようです。



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