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をちこち

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菊屋橋と合羽橋

さぼ郎
道を歩いていたら「ここが台東区のへそ」という標識がありました。

へそ

台東区

ともかく、「ここが真ん中」なのだそうです。そこにあるお寺が曹源寺。

かっぱ寺

境内にお邪魔すると、さっそくこんな感じです。

かっぱ

そこで由来を調べてみると、文化年間に雨合羽商の合羽川太郎(合羽屋喜八)という人物がいて、この辺りは雨が降ると水はけが悪かったので私財を投じて掘割工事をしたところ、河童が助けてくれたという伝説があって、この曹源寺に川太郎のお墓が有るそうなんです。

そこから合羽橋という名前がついたんでしょうね。グーグルアースで古地図を載せてみると、こんな感じです。

古地図
かっぱ橋道具街のHPは ↑ をクリック

この地図を見ると分かるように、現在の「合羽橋道具街」は、お堀で浅草通との交差点には「菊屋橋」という橋がかかっていたようです。「合羽橋」という橋がどこにかかっていたのかは不明ですが、曹源寺と掘割が交差するあたりにも橋があるので、その橋を「合羽橋」と言った可能性が高いです。

ちなみに、古地図の赤いところはお寺です。こんなにお寺が有るのも、吉宗の時に江戸に有るお寺を浅草に随分移しています。同じく、遊郭と芝居も。これらは火事の原因でもあったためのようです。

地図を左に行くと、今は上野ですが、かつては鉄道がなかったので東叡山寛永寺に至るということになります。地図の上、北側には吉原があって、左上に見える六つのブロックは芝居(猿若三座)です。

ということで、曹源寺が台東区の真ん中で、その曹源寺に「合羽橋」の由来になった喜八さんのお墓が有るということでした。

スカイツリー
曹源寺からスカイツリーを見る

ついでなので、今朝(11/18)の雷門です。いままで雷門の塗替えで、松下幸之助さんの提灯がはずされていたのですが、今朝、再度ぶら下げていました。それだけのことに報道が来ていました。

雷門
報道

朝からご苦労さまです。

道具街沿いで菊谷橋に近いあたりにある正定寺に、島田虎之助のお墓があります。島田虎之助は幕末の剣豪です。男谷信友(精一郎)の弟子になり直心影流の免許皆伝となり、道場の師範にもなる。

男谷信友は、勝海舟の従兄弟でもあり、そんな縁で勝海舟は島田虎之助の道場で直心影流の免許皆伝となっている。

天保の三剣士として男谷信友、島田虎之助、大石進がいる。大石進は身長が7尺(2.1メートル)あり、5尺3寸の竹刀を振り回したという。千葉周作がかろうじて引き分け。男谷信友は初日は勝ったが二日目は負け、日を改めての立ち会いも男谷が負けたという。

島田虎之助とも技を競ったとあるが、勝敗は不明。

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